薩摩
2007年12月02日
【戦国島津】下手公民館(鹿児島・鶴田町下手)
私の持っている資料によると、こちらにも歳久公ゆかりの石碑らしきものがあるとありましたから、見に行きました。
手元に資料がなかったので、おそらくこの2つじゃないかと。また確認します。六地蔵塔や、祠に丸い石が入っているものでした。
戦国島津家の特徴は、戦の後に敵味方関係なく慰霊のために六地蔵塔を建てたことです。 赤十字社の考えを今から400年以上も前に、しかも戦国時代に持っていたことは驚きです。 六地蔵塔前には花が供えられていたこともあり、確信はないですが、これではないかと…
また、丸い石については、大石神社だったと思うのですが、出産を控えた妊婦さんは石を御守りとして身につけていたのだとか。境内の石だったかは不明。 歳久公に安産祈願したら、娘も元気に生まれました。御利益はあると思います(^-^)/
【戦国島津】大石神社(鹿児島・鶴田町)
鶴田町を走っていて、観光案内板を見てみると意外に大石神社が近いことが判明。急遽行くことに。
大石神社は島津義久公・義弘公に次ぐ三男、島津歳久公を祀る神社です。 秀吉に弓引いたということで竜ヶ水で自刃をしますが、そのとき半身不随の身で石を用いて切腹。切腹のさいに、妊婦の出産もこのように痛むのかと案じたことから、別名御石様と呼ばれ安産の神様でもあります。
こちらは御石がなまって大石神社になった模様。 鹿児島ではかつて、歳久公の遺徳を偲ぶ心岳寺詣りというものが行われ賑わったそうです。
中津川小学校に向かい、さらに大石神社の矢印にそってはしると、このような建物が左側き。その側にある橋は「金吾橋」。歳久公は金吾様とも呼ばれてます。橋を渡り坂を上れば大石神社。
2007年10月14日
戦国島津ゆかりの地めぐりの旅〜串木野・川内編〜
【コース】東市来駅 → 串木野城跡・長谷場純孝生誕地 → 南方神社 → 久見崎軍港跡 → 慶長の役記念碑 → 川内戦国村 → → 川内市歴史資料館 → 泰平寺 → みその食堂 → 長谷場純孝胸像 → 丹後局墓参拝 → 解散 → 徳重神社 → 伊集院駅 → 自宅
続きを読む