2006年04月20日

西南戦争ゆかりの地めぐりの旅〜玉名編〜

2006/01/02

今年の正月は嫁の実家で過ごしました。写真の整理をしていたら、玉名の史跡の写真がでてきました。

【コース】

嫁実家→玉名→繁根木川畔西郷小兵衛戦死の地・墓→トンカラリン→菅原神社→菊水ロマン館→嫁実家

西郷小兵衛は西郷隆盛の弟です。西南戦争序盤、高瀬(現在の玉名)周辺で戦闘がおこなわれました。官軍は繁根木神宮を本陣にし、対する薩軍は繁根木川を挟んで攻撃を行いました。

案内板より。

「西郷小兵衛戦死の地

〜(略)〜ときの薩軍第1大隊第一小隊長であり、西郷隆盛の末弟で、人格沈重にして思慮深い人物であったという。総大将の実弟であるという自覚のもと率先して戦い、二月二十七日、この川畔で官軍の銃弾を胸に受け、三十一歳の若さで壮烈なる戦死を遂げる。

古老の話によると、兄の隆盛自ら菊池川の下流を渡り遺体を連れ帰ったともいわれている。」

「総兵力

・官軍 58,000名(官軍死者 6,843名  負傷者 9,252名)

・薩軍 30,000名(薩軍死者 6,239名  負傷者 不明)」

熊本玉名西郷小兵衛戦死の地03

熊本玉名西郷小兵衛戦死の地01

 

 

 

 

熊本玉名西郷小兵衛戦死の地02

熊本玉名西郷小兵衛戦死の地04

 

 

 

 

 

 

熊本玉名西郷小兵衛戦死の地05熊本玉名西郷小兵衛戦死の地06

墓から官軍本営のあった繁根木神宮方面を眺める。

 

 

 

【トンカラリン】

なぞの人工物です。九州の七不思議というのがあれば、それにエントリーされてもいいくらいの。熊本菊水トンカラリン01熊本菊水トンカラリン02石を投げ込んだら、奥が深いのでトンカラリン♪と音がするというから、「トンカラリン」と名づけられたとも。

嫁とその父です。ご覧のように肩幅くらいの狭いトンネルです。中はクネクネしていて、真っ暗です。懐中電灯なしでは全く見えないです。中はところどころ、デコボコしていたり、ホコラのようなものがあったり。

 

熊本菊水トンカラリン04熊本菊水トンカラリン03松本清張は「シャーマニズムに関係した鬼道ではないか」と推理して一時はブームになったそうです。その後は排水路説が広がり、ブームは静まったようです。左の案内板に詳しく載っています。

右の写真は、またもや嫁です。かがみこんでいるトンネルはずっと先ほどのトンネルとつながっています。匍蔔前進しないと通れないような排水路のような感じです。義父と嫁はやる気満々でした(^_^;)



john96pierre at 19:13│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 西郷隆盛ゆかりの地 | 西南戦争ゆかりの地

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